正しい群れ:地元にて

ぼくはいつも何かに待たされている気がする。本当にウラディミールか、ぼくは。ちなみに待ち人たちは来たので、自殺行為に走る必要はない。

ぼくがこうやってくだらない知識とかジョークを詰め込んでいる間、みんな離れていた時相応に大人になっていた。背も伸びて、声もほんのちょっぴり変わって、あの時なかった煙草とアルコールの匂いが入り混じっていて、少年少女は世話にならなかった常夜灯からたっぷり光を浴びて、素面じゃ笑えないことで笑って。いや、ぼくは素面だったけれど。

案外話せるもの。少年期に心を許した人間とは、どうしても何かを隠し立てする気がなくなるし、むしろあらゆる今日に至るまでのことを話したくなる。昔話も、老人らしく見えてしまうかもしれないけれど、なりふり構わなかった。群れに帰って、それまで少しばかりの孤独、というか喪失感を抱えた仲間たちを、心のどこかで称える。些細な傷とか、そのディテールとか、そんなのがすっかり報われた時間だったと思う。互いが計り知れない様々な時間たちを、それらをくだらないと一蹴して、大きな子どもに戻る。

くだらない傷。膝小僧を擦りむいても校庭を走り回ったぼくたちは、実はあの時から変わっていないんじゃないだろうか。経験がぼくたちを育てたけれど、やっぱり結局、それはぼくたちであることに変わりはない。生まれ変わりなんて言葉がナンセンスに思えるくらい、ぼくらが思う以上にぼくらはぼくら。フォーエバーヤング。

次の約束は、もう取り付けた。あの頃は少し行きづらさが付き纏ったカラオケ。朝までぼくららしく過ごせる時間。

本当に、次も元気で会おう。